« 会報175号(新刊紹介) | フロントページ | 法政大学文学部英文学科専任教員(教養科目の英語、アメリカ文学担当)の公募について(終了しました) »


会報175号(巻頭言)

「銀行の銀行」を貫く連邦準備銀行

須藤 功 

 金融恐慌が発生するたびに,とりわけ大手金融機関の救済が行われた場合には必ずといってよいほど,ウォール街と政府金融当局への批判が噴出する。ドキュメンタリー映画「インサイド・ジョブ」(2010 年)でも特集されているように,2008 年の金融危機も例外ではなかった。批判の矛先は投資銀行ゴールドマン・サックス出身のポールソン財務長官のみならず,金融機関の救済に奮闘した連邦準備銀行にも向けられた。その結果,連邦準備法の一部が改正され(ドッド・フランク金融制度改革法),今後,連邦準備銀行総裁は各地区の「クラス B およびクラス C 取締役によって任命される」ことになった。この改正は何を意味し,どうしてこのような改正が必要であったのだろうか。連邦準備制度の歴史を簡単に振り返ってみることにしたい。
 ところで,アメリカ大統領(2008 年の年俸 47.5 万ドル)に次ぐ連邦政府の高給取りには,連邦最高裁長官でも副大統領でも下院議長でもなく(同約 21 万ドル),実は 12 の連邦準備銀行総裁らが並んでいる。ニューヨーク連銀総裁の年俸は大統領に次ぐ 39 万ドルで,この破格の俸給もしばしば批判の対象となってきた。また奇妙なことに,連邦準備制度理事会議長ベン・バーナンキの年俸は約 19 万ドルにすぎない。同じ中央銀行である日本銀行に例えてみれば,総裁の給与が支店長のそれを下回るようなものである。
 なぜこのような給与体系なのかと言えば,連邦準備銀行が文字通り「銀行(家)の銀行」の途を歩んできたからである。「銀行の銀行」の意味は,一般的には(特に金融危機に際して)銀行にお金を貸す銀行,いわば「最後の貸し手」ということにある。これに加えてアメリカの場合には,「銀行が設立した銀行」という意味が加わる。つまり,12 の地区連邦準備銀行は加盟する民間銀行がその全株式を所有し,ワシントンの理事会の給与を含め連邦準備制度全体の運営費は地区連銀の利益で賄う仕組みだからである。このため地区連銀は民間銀行の性格を強く残す一方,他方で連邦準備制度理事会はこれら地区連銀を監督し,金融政策を誘導する連邦政府機関の性格をもっている。こうして地区連銀のトップは当初から優れた銀行経営能力を持つことが期待され,報酬も民間銀行に準拠してきたが,理事会の報酬は連邦公務員のそれに準拠してきたのである。
 ところが,各地区の連邦準備銀行には株主総会はない。代わりに株主たる加盟銀行は選挙で 9 名中 6 名の取締役を選出し,残りの 3 名は理事会が任命する。この取締役会が最高経営責任者たる総裁を任命して,地区連銀の運営全般を監視する役割を担っている。「銀行が設立した銀行」という仕組みは,1930 年代に大恐慌が起きたときにも批判の対象となった。しかし,この時には理事会の任命する取締役会議長を経営責任者から引きずり降ろして総裁に経営責任を集中させ,迅速な政策判断と地区連銀に対するワシントンの理事会によるコントロールを強化した。今次の制度改正では地区連銀に対するウォール街の影響力を抑えようと,加盟銀行が選出した 6 名の取締役のうち,加盟銀行代表の 3 名の取締役から総裁の任命権限を奪ったのである。
 アメリカの連邦準備銀行は,世界でも稀にみる「最後の貸し手」機能を強化した中央銀行制度である。加盟銀行ではないベアスターンズやメリルリンチなどの投資銀行を,加盟銀行に吸収するなどして救済した。そして激しい批判にもかかわらず,上述の法改正にとどめた。私が滞在していた大学の金融史の大家は,連銀はもはや「最後の貸し手」機能を手放すべきだと力説していたが,今のところその意思はないように思える。
(明治大学)

2011年04月25日 | アメリカ学会会報