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会報173号(巻頭言)
Fundamentalist と Evangelical の訳語について
森 孝一
アメリカにおける保守的キリスト教徒を意味する Fundamentalist と Evangelical に対応する日本語は何なのか?Fundamentalist の訳語は原理主義者と根本主義者であろう。Evangelical は福音主義者と福音派である。これらの訳語について,私の知る限りでは,違いを意識して使用されているケースはそれほど多くないように思われる。これに加えて,Religious Right(宗教右派),Christian Right(キリスト教右派)という用語もあり,これらの用語の意味を「交通整理」することは,かなり骨の折れる作業である。
これらの訳語が正確に使用されていない理由の一つは,原語である Fundamentalist と Evangelical が,アメリカにおいても時代によって,その意味するところを変化させてきたことにある。19 世紀末までは,Evangelical は「プロテスタント」と同義語であった。これはドイツ語の Evangelische に対応するものであり,カトリックに対するプロテスタントを意味する用語であった。
ところが 19 世紀末になると,進化論や聖書批評学に対する立場によって,それを受け入れる近代主義者(Modernist)とそれを拒否する保守派に分かれて対立したが,この時点では,双方が「自分たちこそ真の Evangelical だ」と主張していた。この時点までの Evangelical はプロテスタントを意味する「福音主義者」と訳すのが適切であろう。1910 年代になると,保守派の Evangelical は,自らを Fundamentalist と呼ぶようになる。キリスト教信仰の fundamentals を信じる人びとという意味である。この時期の Fundamentalist は純粋に神学的用語であり,政治的意味はまったくない。この時代の Fundamentalist は「根本主義者」と訳すのが適当であろう。
Fundamentalist と Modernist の対立は,1925 年のスコープス裁判においてクライマックスを迎えるが,その後,第二次大戦の終了までは,両者ともに低調な「宗教的大恐慌」(religious depression)と呼ばれる時代を迎えることになる。その間,Fundamentalist はますます硬直化し,人びとからはセクト化した超保守派として相手にされない存在となっていった。
第二次大戦後,アメリカの保守的プロテスタントのなかから,社会から認知されるような存在へと,自らを変革させる動きが現れてきた。彼等は自分たちを Neo-evangelical と呼ぶようになった。その中心にいたのがビリー・グラハムである。保守的 Evangelical の経済的・社会的地位が向上するとともに,社会的認知度も上昇し,彼等はアメリカのプロテスタントを二分する宗教勢力となっていった。1960 年代になると,彼等は Evangelical と呼ばれるようになる。いわゆるプロテスタント主流派(Mainline あるいは Main stream)と区別する名称としての Evangelical は,従来のような,「普通名詞」としてプロテスタント一般を指す用語ではなく,保守的プロテスタントを意味する「固有名詞」として用いられたのである。この Evangelical に対応する訳語は,福音主義者と区別して「福音派」とすべきであろう。
1980 年以降,この福音派の中の政治に積極的にコミットする人びとを「宗教右派」と呼ぶようになる。すなわち,宗教右派とは「政治化した福音派」であり,Christian Fundamentalist と同義語である。この時代以降の Fundamentalist は「イスラーム原理主義者」との類比関係から,マスコミが用いた用語であり,神学的というよりも政治的用語と言えよう。
政治に積極的にコミットする福音派を宗教右派と呼ぶと述べたが,近年,地球の温暖化や世界の貧困の問題に積極的に取り組もうとする福音派が現れてきた。彼等を宗教「右派」と呼ぶのは不適当だろう。アメリカの Evangelical はいまも多様化の度を深めている。
(神戸女学院)
2011年03月29日 | アメリカ学会会報
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