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会報172号(巻頭言)
アメリカ合衆国とヨーロッパ合衆国
松本 礼二
私は, トクヴィル研究との関連で, フランス人あるいはヨーロッパ人のアメリカ観に関心をもってきた。 関連する論文を書いたこともある。 昨年 6 月以来パリに在住する機会を得て, この問題の現在についてあらためて考えさせられたところを記したい。
戦後, 冷戦期のフランス人, 特に知識人の間には反米感情が強く, 親米派あるいはアトランティストは少数派であったが, 1970 年代後半以降, 左翼思想の退潮とヨーロッパにおけるデタントの進行はこうした風潮を弱め, アメリカの研究者の中にはフランス伝統の反米主義もこれで終わりと (早まった) 死亡宣告を下したものもあった。 冷戦の終結は確かに親米自由主義的言論を活性化したが, グローバリゼーションの進行とアメリカ一極支配の傾向は新たな文脈におけるアメリカ批判の言論をヨーロッパに巻き起こしてもいる。 2003 年のイラク戦争をめぐる米仏両政府の対立, ヨーロッパ全体の世論の批判的雰囲気とアメリカの世論の異様なまでの挙国一致振りとの対照は記憶に新しい。 だが, イラク戦争の失敗が明らかになるにつれて, ヨーロッパとアメリカの世論の距離が縮まったのも確かである。
私が現在籍をおいているパリ政治学院の国際問題研究所 (CERI) ではアメリカ関係のコンファランスやセミナーが頻繁に開かれるが, その一つのテーマには, なんと 「アメリカはフランスになるか」 というものがあった。 むろん, これは半分冗談で, 答えは 「なるはずがない」 に決まっているが, フランスのアメリカ研究者がブッシュ政権時代とは違う目でアメリカを見ているのは確かである。 この国際問題研究所があるパリ 6 区, ジャコブ街 56 番地の建物はアメリカ 13 州の独立を承認したパリ講和条約が結ばれた場所で, 壁面には 「1783 年 9 月 3 日, この地で, 合衆国代表ベンジャミン・フランクリン, ジョン・ジェイ, ジョン・アダムズがイギリス国王名代デヴィッド・ハートレーと講和条約に調印した」 と記した石碑が埋め込まれている。 米仏関係史を考えるには由緒ある場所なのである。
フランス人が今日なおアメリカをかなり批判的に見ているとしても, 冷戦期の反米主義は過去のものとなった。 それを何より示すのは, 政府レベルでも世論においても, フランスとドイツの対米姿勢に今日ほとんど差がないことである。 冷戦の最前線にあったかつての西ドイツは, フランスと対照的に, 西欧で最も親米的な国だったが, イラク戦争に対するフランス政府の反対はドイツの世論に熱烈に支持された。 ドイツ統一はもちろん冷戦の終結を条件としていたが, それがヨーロッパ統合の枠組みの中でのみ実現し得たものであることも疑いない。 昨年 11 月 9 日の壁崩壊 20 周年記念式典がベルリンとパリの密接な連携の下に大々的に行われた事実は独仏枢軸を推進力とするヨーロッパ統合の歴史的必然を強く意識させた。 その二日後の第一次大戦休戦記念日の式典にドイツのメルケル首相が招かれるという前代未聞のおまけまでついたのである。 今日 EU がさまざまな問題をかかえていることは事実で, ヨーロッパ合衆国の成立を言うのはまだ早いにしても, 大筋において政治統合の進展は動かしがたい。 そして, ヨーロッパ意識の強化はヨーロッパ人のアメリカ観に影響しないはずがない。 反米主義はフランスの歴史的伝統といっても, 啓蒙の哲学者以来, アメリカ礼賛の系譜もまたフランスの思想史を流れており, 反米主義が主潮となるのは 20 世紀, 第一次大戦以後のことである。 その背景には明らかに第一次世界大戦を画期とするヨーロッパ文明衰退の危機意識があり, その危機意識がアメリカ文明を脅威として受け止めさせたのである。 ヨーロッパ統合の進展はこうした状況を逆転しつつあるといってよい。 自信を回復しつつあるヨーロッパ人がアメリカに対する過剰な恐怖や脅威感, 逆に無批判な心酔から解き放たれるのは当然であろう。
だからといって, 今日ヨーロッパがアメリカに対する関心を失い, かつてのヨーロッパ中心主義に回帰しているわけではもちろんない。 ヨーロッパ統合が進めば進むほど, ヨーロッパのかかえるさまざまな困難も意識され, だからこそアメリカの経験に学ぼうという姿勢も目立つ。 典型的なのは移民問題で, ヨーロッパ諸国において移民問題が大きな社会問題, 政治課題になっているだけに, この点についてアメリカの経験に学ぼうという姿勢は今日のヨーロッパに広く見出される。 ヨーロッパ統合の進展はさまざまな形のアメリカ・コンプレックスから人々を解放し, ヨーロッパ自身の問題意識に根ざしつつ, より成熟したアメリカへの関心を育てる条件を整えつつあるのではなかろうか。 日本のアメリカ研究にとっても, そこには学ぶべきものがあるように思う。
(早稲田大学)
2010年04月27日 | アメリカ学会会報
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