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会報171号(巻頭言)

《わたしたちのアメリカ》がある場所
藤 平 育 子

 私は, American Literary History (Oxford UP) に掲載される論文の多くからしばしば大きな啓発を受ける。 このジャーナルでは, アメリカ文学/文化研究のその時々の課題が, 大学や大学院のアメリカ文学の授業で何を教えるのかという現実問題を含めて議論される。
 1994 年に出た Carolyn Porter の 60 ページに及ぶアメリカ文学研究への提言 (“What We Know That We Don't Know” [Vol. 6, No. 39: 467‐526]) は, 今や多くの研究書や論文に引用され, 21 世紀のアメリカ文学研究への指標となったと言ってよい。 20 世紀の終わり近くの, いわゆるニューアメリカニストの業績は, それまでの古典的アメリカ文学に, アフリカ系, ネイティヴ・アメリカン, 女性, アジア系, さらにはチカーナ文学までを包含したことだろう。 しかし今や, それを超えて, ラテン・アメリカ文学と合衆国文学との関係を論じる時が来ているとポーターは力説したのだった。
 ポーターがとくに注目したチカーナ文学研究者 José David Saldívar (The Dialectics of America [1991]) は, 合衆国とメキシコの国境が歴史的かつ地理的に形成された経緯を踏まえたうえで, カリブ地方とラテン・アメリカとを北米にリンクする文化的ネットワークを, 地理的, 政治的国境に跨がるボーダーランズとして前景化する。 1891 年, キューバの革命家詩人 José Martí は, 「わたしたちのアメリカ」 とわたしたちの場所ではない 「他のアメリカ」 とのあいだには深い溝があると指摘し, 合衆国を越えた大きな地域を指す 「アメリカ」 を“Nuestra America”と呼んだ。
 南米コロンビアの作家, Gabriel García Márquez は, 1982 年 12 月ノーベル文学賞受賞講演において, 「隣人」 の北米はいまだにこの 「わたしたち」 のことを知らない, 「わたしたちのものではないものの見方でわたしたちの現実を解釈しても, それはただわたしたちをさらに知られない存在とし, わたしたちをいっそう孤独にするだけだ」 と訴えた。 さらにマルケスが, 「私の師匠, ウィリアム・フォークナーは (ノーベル賞受賞講演 [1950 年] において) 人類の終焉を受け容れないと述べた」 と賞賛したのは, フォークナーのユートピア的見解に魅せられたからだと, サルディヴァールは説明する。 フォークナーの言葉は, 広島と長崎への原爆投下以降, 人間の想像力はもはや, 人類が一瞬のうちに滅亡するという恐怖から逃れられないという意識, 大江健三郎の言葉を借りるなら, 「核時代の想像力」 の宿命を物語るものだった。 しかし, マルケスもフォークナーも, 作家の豊かな想像力/創造力は, 世界の不調和と人類滅亡の危機を乗り越えられるという希望を語っている。
 マルティニークの作家 Edouard Glissant は, フォークナー文学を流動する 「フロンティア」 に位置づけ, アルジェリアとフランスの狭間に生きたアルベール・カミュやガダルーペ出身の詩人 Saint-John Perse と並べて論じている (Faulkner, Mississippi [フランス語版 1996 年])。 グリッサンは, フォークナー文学はミシシッピという小さな場所から広大な意味の領域を横断してゆらめき, 「その想像界は伝染し感染していく」 と主張する。 この春, メキシコに発した新型インフルエンザが即座に隣国アメリカ合衆国へ, そして世界中に伝染したことは歴史の皮肉にも見える。
 私は昨年フィラデルフィアに滞在し, オバマ大統領誕生の一部始終を見て何度も涙を禁じ得なかった。 歴史を変革する勇気を持ったアメリカ市民を心底から敬服するが, 経済危機のさなかにあって, 重責を背負いながら, 世界から核兵器をなくそうと訴える新大統領にも絶大な勇気を見る。 いつの日か,《わたしたちのアメリカ》が政治的にもボーダーランズとなるかもしれない, と夢見つつ。
(中央大学)

2010年01月18日 | アメリカ学会会報