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会報170号(巻頭言)

「やり直しのきく文化の象徴としてのオバマ大統領」
田 中 久 男 

 アメリカ合衆国の第 44 代大統領のバラク・オバマが, 選挙キャンペーンで前ブッシュ政権の堕落と停滞に変革をもたらすスローガンとして使った “Yes, we can.” (「そう, やればできる」) は, アメリカの聴衆には実に快く響いたはずである。 というのは, 燎原の火のように支持者を捉えたこの合言葉は, “Yes, we can change.” の意味だと大半のアメリカ人が考えているように, アメリカの建国の歴史を喚起し, 国民精神の神髄をずばり言い当てているモットーであるからだ。 このキャッチ・フレーズを聞いたとき, 私にはすぐ例のギャッツビーのセリフが思い出された。 F・スコット・フィッツジェラルドの 『グレート・ギャッツビー』 (1925) の語り手ニック・キャラウェイが, かつての恋人デイジーを取り戻して, 青春のやり直しを図ろうとするギャッツビーに向かって, 「ぼくだったら彼女に過大な要求はしないな。 過去は繰り返せないんだよ」 と小賢しく諭すが, それを聞いたギャッツビーは, 信じられないとでも言うように,“Why of course you can!”と, 大声で切り返すあのセリフである。 この 「過去は繰り返せる」 という強い信念は, 「やり直しがきく」 というアメリカの国民的な心性の表明であり, 作者がおそらく共感を寄せているはずの主人公の 「人生の可能性に対する高感度の感受性」 は, 世界のいたるところからアメリカに渡った人々を絶えず鼓舞してきた 「アメリカの夢」 という魔力的な言葉に通ずるものである。
 これに関連して思い出されるのは, トマス・ウルフの 2 作目の長編小説 『時間と河』 (1935) の一場面である。 24 歳の主人公ユージーン・ガントがイギリスのオクスフォードの宿を引き払うとき, そこの娘イーディス・コウルソンから, 「過去の失敗で一切が駄目になることなど決してなく, いつも明日が待っていて, 新たな出発ができると確信できるというのは, 本当にすばらしいことよね」 と, 再出発の可能性を絶えず保証しているかに見える若い国アメリカの若者であることを羨ましがられる。 たとえ現実には幻影であっても, とにかくいつでも出直しがきくという信条が生きた感覚として持てる限り, それは神話的な力を発揮する。 今回のオバマ大統領の登場は, そうしたアメリカ流の再生にかける大衆の夢の力によって可能になった現象のように思われる。
 しかし, 過去に引きずられることなく, いつでも出直しがきくという変革の熱意を示しながら, 同時にオバマ大統領は, 自分とアメリカの歴史を形成した偉人とのつながりをも強調した。 彼は黒人だから, 本来なら人種的な負の遺産としてまといつく暗い過去を振り払い, 政治家としては, これから実現されるはずの明るいヴィジョンを強調して, 大衆の熱気に迎合してもよかったはずなのに, 彼は冷静にサポーターの熱気を冷ましながら, しかし, したたかにヒーロー願望, 英雄崇拝という国民の魂の故郷に訴えかけるというレトリック (それが通常のレトリックという浮ついた響きを持たないところが彼の誠実さの証である) を駆使した。 つまり彼は, リンカーン大統領, ローズヴェルト大統領, キング牧師の偉業にあやかり, 彼らの威光を借りようとするかのように, 自分の目指すべき道筋を彼らとのつながりの中に見定めようとしたのである。 選挙戦では変革を叫んで, エスニック集団だけでなく草の根の大衆を歓喜させて期待を膨張させ, 大統領就任の暁には, 自分の果たすべき役割が困難であることの認識を前面に出し, それを歴史の流れの中に置いてみせるという鋭い歴史感覚によって, アメリカ社会の中枢部を形成してきたワスプや準ワスプ集団を安心させるという, 心憎いばかりの絶妙のバランス感覚を見せつけた。 この優れたバランス感覚によって, 黒人という出自のゆえに起きかねなかったオバマ大統領の政権の危険度は急速に希薄化し, 彼なら何かをやってくれるという熱い期待感を国民に与えたことは間違いない。 そこにこそ, 「マジック・オバマ」 の本領はあったと私には思われる。 「賢者は歴史に学び, 愚者は経験に学ぶ」 とは誰かの箴言だが, 彼は賢者として歴史意識を研ぎ澄まし, 歴史に残る大統領の一人となるだろう。
(福山大学教授・広島大学名誉教授)

2009年08月29日 | アメリカ学会会報