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会報167号(巻頭言)

「Tragedy, Comedy, Ecology」
伊 藤 詔 子

 「ニューヨーク・タイムス」 2008 年 4 月 4 日号一面トップは,“81% in Poll Say Nation Is Headed on Wrong Track”と現状への世論調査の結果を報じている。 2002 年は 35%, 1 年前は 69%からの急上昇であり, 90 年代以降最悪である。 読者のコメント 279 通の内 「国がよくなっているとする 19%の人に会いたいものだ」 という最も短いものが 「最も推奨」 されていて共感を誘う。
 このような空気を反映するもののひとつとして, 最近のアメリカが生み出す環境に関する映像や文学作品を覆う 「汚染のグローバルな浸透」 の感覚がある。 フレデリック・ビュエルの, From Apocalypse to Way of Life (2003) も, 「環境汚染は内面化し今や環境文学に限らずさまざまなジャンルのアメリカ文学風景の特質となり, 作家の意識構造やプロットに汚染が組み込まれている」 ことを指摘する。 その典型として少しふれたいのは, ジュディス・ヘルファンドとダニエル・ゴールド制作・監督で世界初の“A Toxic Comedy”とされる Blue Vinyl と題する映画や, 少しさかのぼるがドン・デリーロの White Noise (1985) の様な作品である。 ただし 2 作とも, したたかな喜劇性を帯びて最後は家族が生き延びるエコロジー的・喜劇的ファミリー・ストーリーとなっている点が注目される。 エコロジー的展開とは J・W・ミーカーの名著 The Comedy of Survival: Literary Ecology and a Play Ethic (1972) で論じられた, 状況に応じしなやかに生きる 「日常生活やスーパーのレジの列」 にあふれる感覚であり, 危機を生きのびるポストモダン的 「ピカレスク的戦略」 であって, 正義と悪の, 二元論的原理重視の悲劇的生き方に対立する。
 Blue Vinyl の舞台はニューヨーク郊外メリットで, ユダヤ系中産階級ヘルファンド家の外壁の板がテーマで, 老後の資金のため家を売り出す際, 腐って取れかけている (rotten に対し“farkrokhn”というイディッシュ語が使われる) 外壁を, エンボス加工の青いビニール材の板に取り替えようとする。 安っぽいビニール材に張り替えるのはやめるよう頼む娘に, 母は外壁板の腐朽と, 病との関係 (類推) を語る。 母親が処方された薬品による胎内での汚染の結果患った癌のため, 身体の損傷を蒙った娘ジュディスは, 合成化学物質による汚染反対の環境活動に目覚めて, 問題の薬品メーカーに対する訴訟を起こしそこで得た示談金を, ポリ塩化ビニールの主要産地ルイジアナ州レイクチャールズからイタリヤへの旅の調査資金に換える。 Blue Vinyl はこの調査旅行と地域運動を記録した映画で, ビニール工場の煙突を背景に繰り広げられるマルディ・グラのお祭りを映し出し, 世代と階級を超えた世界の悲喜劇状況を描く。 環境問題における有害性の隠匿や政府・産業界の癒着を訴え, 同時に身体と家の健康が, 地域と地球の健康と一体であること, ヘルファンド一家のドンキホーテ的行動が, 家族の絆の回復や地域社会と産業界, 世界のネットワークを構築する様を示している。 ここには家と身体の新しい概念と, ミーカーの説くエコロジー的人間模様が充満している。
 一方 「丘の上カレッジ」 で 「ヒットラー学教授」 を勤めるデリーロの小説の主人公ジャック・グラッドニーは, 存在感のある憎めない人物として日本でも人気がある。 1984 年インドでの米国ユニオン・カーバイト社殺虫剤製造工場でおきた爆発事故による毒ガス流出で 3500 人もの死者をだした大災害直後出版され, 汚染は地域や経済格差を選ばぬ無差別なものである上, 地下水を経由する慢性疾病や癌などと無限の連鎖を生み, 環境的終末をもたらすことへの恐怖が世界を震撼させた。 デリーロはいち早くそれを作品化し, 登場人物の意識や作品の細部まで汚染が 「波動と放射」 として浸透していることを描く。 主人公は子供の身体的発達異常も 「燦然たる夕日のように頭皮の退化を触発する工業廃棄物を運ぶ空気の中で育てた」 からかと心配する。 「燦然たる夕日」 といった最もアメリカン・サブライムの風景も 「自然の plot そのものが破壊に向かっている」 とするが, ストーリーの最後は悲劇を免れ, 一家は傷つきながらもしたたかに生きのびる。
 ミーカーのいう喜劇的, カオス的エコロジー的感覚が, 世論調査の示す, 今の悲劇的にも見えるアメリカを生きのびる, 新しい戦略なのかもしれない。 (松山大学)

2008年11月01日 | アメリカ学会会報