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会報162号
巻頭言を以下に掲載いたします。
ワルシャワのアメリカ研究
遠 藤 泰 生
日本のアメリカ研究においても海外との研究交流が近年では盛んになった。 しかし, 環太平洋諸国との交流に比べ, ヨーロッパ諸国との交流はまだそれほど盛んでない。 現状分析的もしくは地政学的な視点が重要な意味を持ちうる地域研究の特性を考えれば, これはある程度仕方のないことかもしれない。 ただ, 経済や軍事のみならず, 思想や文化においてもアメリカが圧倒的な影響力を有している現在, 世界全体に占めるアメリカの存在をより複眼的に把握するには, ヨーロッパにおけるアメリカ認識と同地で展開されているアメリカ研究の動向にももっと目を配る必要がある。 そのような関心を抱いていた折, 北海道大学を拠点に展開されている世界各地の 「反米」 を比較考察する企画に加わり, ワルシャワ大学のアメリカ研究センターを訪れる機会を得た。
ワルシャワ大学にアメリカ研究センターが創設されたのは 1976 年, アメリカにおける共和党フォード政権期のことであった。 大学の構内に小規模に発足したこのセンターは, 冷戦崩壊後の 1992 年大幅に拡充され, 市の中心部から車で 10 分ほどの距離にある現在の地に移転した。 同時に発足した大学院修士課程の教育プログラムには, 今では 600 人を越す学生が在籍する。 他に学術雑誌 『American Studies』 を毎年発行するなど, 教育と研究の両面でポーランドのアメリカ研究を牽引する役割をセンターは果たしている。
ポーランドにおけるアメリカ研究の成長の背景に, アメリカ研究への実学的要請があることは明らかである。 2003 年ブッシュ政権の対イラク政策に対し, 東欧で最も早くからアメリカ支援を表明したのがポーランドであった。 西のドイツと東のロシアに挟まれたポーランドには, 国際紛争の波に呑まれ続けた苦難の歴史がある。 そのため, 独仏露を主役とするヨーロッパ外交への根強い警戒感が国民の間に存在し, そのいずれの国とも安易に組することを潔しとしない。 逆に, アメリカとの二国間関係を強化することが近隣地域における政治的プレゼンスを高めるという理解が強く, その維持と強化を外交の指針の一つに掲げている。 他にアメリカ資本の国内投資額の増大, アメリカに居住するポーランド系移民と母国との政治的絆が太いことなど, アメリカ研究の成長を促す社会的環境がポーランドには現在揃っている。
センターの教育プログラムを概観しても上記の環境が垣間見えた。 約 600 名という学生を抱える以上, 開講される授業の数も半端ではなく, 学期毎に約 40 の授業が開講されている。 授業の内容はアメリカ研究の伝統的なディシプリンに沿ったものが多く, 歴史・思想・文学・芸術と文化・経済・国内政治・外交・社会の 8 つの各分野から, 複数の授業が毎学期開講されている。 ジャーナリズムやビジネスの世界で将来活動を希望する学生も多いため, 例えば 「メディアにおける政治表象の分析」 「自由主義経済の倫理」 「アメリカ型の経営モデル」 等のトピックを扱う授業が充実している。 良くも悪しくも授業と社会との繋がりが密なのである。
冒頭にも紹介したとおり, 今回のワルシャワ訪問は 「反米」 の国際比較を企図したものであった。 しかしなかば予期されたこととはいえ, 同地のアメリカ認識は相対的には良好であり, アメリカ研究もその親米を補強する形で展開されていた。 国民の間に目立った嫌米意識は指摘できないとセンター研究員に念を押されたほどである。 世界が 「反米」 「侮米」 「離米」 に傾きがちな今, 彼らのアメリカ認識はむしろ新鮮ですらあった。 ポーランドにおけるこの親米感が, 現実のアメリカに対して抱かれたものというよりは, 中東欧の国際政治で力を発揮するアメリカ・カードに対して抱かれたものであることは十分に理解しなければならない。 しかし, そうした心理的な領域に広がるアメリカ認識も世界に占めるアメリカの存在の一部ではある。 世界全体に占めるアメリカの存在を複眼的に把握するのはやはり容易いことではない。
(東京大学)
2006年11月22日 | アメリカ学会会報
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